見えないもの

見えないもの

見えないところまで見えるような人になりたい。

少し前に、大川小学校を訪れました。

目の前にあったのは、想像をはるかに超える光景でした。大きな鉄筋コンクリートの校舎は無残な姿となり、津波の凄まじさを物語っていました。その景色だけでも、東日本大震災で起きた津波の恐ろしさを感じるには十分すぎるほどでした。

しかし、僕が本当に衝撃を受けたのは、大川小学校の周囲の風景です。

そこには、一見すると静かな田舎の畑が広がっているだけでした。何もない、一見すると綺麗な畑道。

けれど、その場所には震災前、多くの人が暮らす住宅街があったということを知りました。
それを知った時、その場で震災前の大川小学校周辺の風景を調べました。そして照らし合わせた瞬間、鳥肌が立ちました。

何もないのではなく、「何も残らなかった」のだと。

大川小学校の校舎があの姿でも残っていることが、むしろ奇跡だったのかもしれない。そう思えるほど、東日本大震災の津波はすべてを飲み込む圧倒的な力を持っていたのだと感じました。

目に見えているものだけでは、その場所の本当の姿は分からない。

この風景を綺麗な畑道で片付けるのではなく、そこにあった暮らしや、人々の時間、そして失われたものまで想像できる人でありたい。

 

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