着きました!
詩人の中林稜です。
一応自己紹介します
中林稜(なかばやしりょう)と言います。
神奈川県からやってきました。
友達にはフルネームで「なかばやしりょう」と呼ばれます。不思議。
下の名前で呼ばれるのが好きなので「りょうさん」でも「りょうくん」でも好きに読んで欲しいです。
普段は詩を書いていて、詩人を名乗っています。
何回か雑誌にも載っています。
将来的に海に近い街で詩を書きながら暮らしたいと思っていて、そんな中お試し移住プログラムを見つけました。
お試し移住では女川の魅力を知り、地域の方々や自然と触れ合いながら詩を書けたらと思っています。
美味しい食べ物も食べたいです。
街の皆さん、お世話になります。よろしくお願いします。
ブログを書くのが久々だし詩人なのではちゃめちゃ変な文章になると思うんですけど、ご容赦ください。
1日目、訛りで何を言っているか聞き取れないけど相槌を打つ僕と道案内してくれる爺さん優しい。
海は全て繋がっていて一つの海なのに、どうして別のところに来たように感じるのか分からないまま、僕は石巻線に乗ってきた。朝4時に起き、5時に神奈川を出発した。遅刻を自分がすることが嫌いで、(他人は許せるのだけれど)約束より3時間前に来たが、ご飯を食べ詩を書いていたら時間が潰れた。早く着くのも気を遣われるだろうかと思いつつ、本数少ないから許してねとも思った。(2本逃したら遅刻だった。
東京は能動的に働きかけないと誰もレスポンスをくれない。能動的に働きかけるということは全ての反応が正当な対価にしかならないということだ。女川に来て、初めて声をかけてもらった時、とても嬉しかった。先に他人に与え続けて神奈川では疲れてしまい、受動的でも許されるような空間が欲しかった。
来てすぐ、女川丼を食べました。
シェアハウスまでうろちょろしていると知らないお爺さんに話しかけられて、訛っているから何言っているか分からないけれど、わざわざ途中まで着いてきてもらった。お爺さんは嬉しそうな顔をしていて、女川長いんですかと聞いたら、長いし、震災で家流されてねみたいな話をしていた。淡々と喋れるようになるまでどのくらい時間がかかったのだろうか、と少し想像した。
また別のお爺さんにも出会い、シェアハウスのエスカレーターの場所を教えてもらった。とてもいい人が多い。困っている人がいても誰かが助けてくれるだろう、東京ではそう思い、何もしないことがあった。そういうことじゃないんかもなあとお爺さん二人に会って思う。僕のリスニング能力のせいで意思疎通ができていたか怪しいが、優しさってちょっとだけ言語超えたかとも思った。優しさが消費される、つけ込まれる東京が異常なのかもしれない。女川の人たちがいるなら消費されてもいいかと思ったのだった。

