彩り〜当たり前は本当に当たり前なのか〜

彩り〜当たり前は本当に当たり前なのか〜

彩り

〜当たり前は本当に当たり前なのか〜

当たり前は、人が人によってつくったもの。

子どもの頃の「当たり前」

いい大学に入らないと。会社に入ったら人の言うことを聞かないとダメなんだよ。だから今は子どもだから自由でいいよね。——すっごく嫌味ったらしく言われていた記憶があります。

それが、私の子どもの頃の社会に対する当たり前でした。

なんでそんなに自由じゃないんだろう。なんで自分の好きなように生きていてはいけないんだろう。私たちの人生なのに。
——よく疑問に思っていたけど、怖くて言えるわけもなく。

当たり前が変わった日

去年の6月から、もっと自分らしく生きられる社会をつくろうとしている大人や企業に出会いました。たくさん疑問をぶつけて、自分の人生を聞いてもらって、面白いって言ってくれて。自分の中で持っていた当たり前が変わりました。

長期インターンの影響で、リベラルアーツ界隈に少し詳しいのですが、ある本の中にこんな一節がありました。

当たり前は社会の動きによってつくられている。昔は家族や地域で子育てすることが当たり前だった。だけど今は核家族化によって、母親だけが家事や育児を頑張るのが当たり前になっている。つまり、当たり前は時代によって変化し、つくられていくものだ。

その時、あ、当たり前って、人が人によってつくっているんだな、強制されるものではないんだな、と気づきました。

この写真のこと

ずーっと自分の人生観の話をしていて恐縮ですが、この写真から何が伝えたかったかというと。

この前の日曜日、シェアハウスで一緒に泊まっている4人と、りんかいで二郎系ラーメンをかちこんだあと、まざぽでキャラメルモカを飲みながら作業をして、女川チームラボに行きました。その時の写真です。

チームラボでは、自分が描いた魚が画面に投影されます。久しぶりに、真剣に色と感覚に向き合いました。

彩りと、薄さと、まじわい。
当たり前なんて、つくられたもの。

だからこそ、コラボしあうことで、重ねられて、深みが出て、一色じゃ出せない色ができる。わからないからこそ面白い。

自分でつくれるから、変えられるから、変わるから面白い。女川で人と出会い、一緒に仕事をし、いろんな経験を重ねる中で、少しずつ自分の思いや見方が進化していく。そんな気がしています。ただ、こんなことを考えているだけでは、何も変わらない。とにかく行動しなければ、と思う夜でした。
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