みなさまこんばんは、
いろかわの日常のコーナーです。
本日は絵本プロジェクトの編集作業を行っていた一日でした。
絵本の編集も着々と進み、毎度編集中に感動しているいろかわでした。
いろんな理由で水をゲットし、勤務中にありがたく使用させていただいています。
さて本日のいろかわの日常はここまでにし、ここからは私が女川に将来も関わり続けたいと思うワケを語って行こうと思います。
私が女川に関わり続けたいと思う理由は、大きく分けて3つあります。
本日は1つずつお話しできたらと思います。
1、人の想いが形になったことへの感動と参画の意思
私はHLAB 2022 MIYAGI-ONAGAWA で初めて女川に滞在しました。
宮城出身ではあったのですが、1週間の滞在は初めてで、この時に女川の良さを感じていました。
ただ、この時は「女川いいな」で終了していました。そこからHLABでの人の出会いを通して、アスヘノキボウが事務局に入っている、「東北キャリアゼミ」との出会い、つまり後藤大輝さんと出会いました。
最初は、銀鮭プロジェクトに関わりたい!と思いインターンを始めたのですが、そこから町のことなどをどんどんと知っていき、町民の方々とお話しする機会が多くなりました。
私が感動したのは、この町づくりが、行政中心ではなく、民間の意思がしっかりと形になっていることです。
震災直後からFRK(復興連絡協議会)が動き始め、町長も会議に参加し、町民のみなさまとまちづくりをしていく。震災で町の多くが流されてしまった時、希望を胸に動いていき、形にする、その意思や経緯に深く感動しました。
絵本プロジェクトや女川での町歩き、他のプログラムで事務局に入ったりなどで、深く女川のことについて学び、多くの人の想いを知りました。現在でも町民の方々や、インターン中のアスヘノキボウが町への想いを胸に活動しているということを身をもって知り、そこに私自身も参画したいと感じました。
これが一つ目の理由です。
2、町のカタチや町に関わる人々への感動
現在の女川町の町並みはいつもきっかけを通して語っているように、大好きなものです。
そこには、商店街から初日の出が見えること、いのちの石碑など多くのものがあります。
私はいのちの石碑に感動を強く抱きました。
簡単に理由を述べると、いのちの石碑は次に震災が起こった時に自分たちを守ったり、震災を風化させないという理由だけではなく、1000年に一回の規模と言われる東日本大震災がもう一度起こった場合に1000年後の人々を守るために「石碑」という形で後世に残すという選択肢を当時の中学生が長い年月をかけて完成させたという点です。それも一つ・一種類だけではなく、何箇所にも、その場所に適応したメッセージが記されています。
女川町の中には、昔に作られた津波に関する石碑もあります。
私が何を言いたいかというと、ここよりも上に逃げろという意味のことを残すのに、1000年後を視野に入れることへの想いです。
女川町の人々、活動している人々にはみんな思いがあります。それはみんな違っていると思いますが、私が共通して感じるのは、後世により良い形で残すという点です。
今の暮らしを快適にするというところや今の自分を表現するというところ以上に後の女川町の基盤となる人たちなどに対して、何かを残すという思いにすごく共感・感動しました。
そういった話を後藤さんや町の方々から聞いた時に、私はこうゆう活動をしたい・していくべきなのではないかと強く思いました。
これが二つ目の理由です。
3、生活・活動していての快適さ・楽しさ。
これは少し、皆さんに伝わりづらいかと思いますが、私は今アスヘノキボウで活動していて、すごく幸せを感じます。
確かに、私が知っている現代の仕事よりは大変なこともあるかもしれません。
ただ、何を伝えたいかというと、そこに私の想いが載っているということです。
社会の中には私が楽しいと思える仕事はたくさんあると思います。ただ、今の活動は、私が心から想いを乗せて発信したり活動したりしているということです。
今の仕事や活動には私は内省の意を抱きながらしています。HLABではreflectionと言ったりしますが、何かを経験したままにせず、自身の中で形にしていく、そうゆうことをすることで、現在お世話になっている方々のように、誰かに伝えるということができると思います。
それは今後誰かに想いを伝えるという点で大事になるとともに、自分が何をやっているのか、なんのためにやっているのかを見失わないという観点でもすごく大事なことだと今の自分は思っております。
過去の自分を振り返り、自身の姿や楽しさを振り返ることでしみじみと感じている時があります。
女川は仙台からのアクセスも悪く、電車では東京→仙台よりも仙台→女川の方が時間がかかるほど交通という点では不便なところです。しかし、生活に必要な施設など(スーパー、病院、役場、学校、など)が全て徒歩圏内にあります。
また、雪で路面が凍るということもあまりなく、食事が好きな私でも飲食店が充実していたり、おんまえやさんには仙台市内のスーパーと変わらないものが並んでいたりと困ることがありません。
仙台では、病院へ行くのに車で移動し、買い物に行くにもどこへ行こうか迷い、遊びに行くにも電車で移動し、今思えば私は女川の方が合っていると感じます。
人と話すという機会も増えましたし、楽しさを大きく感じる機会も増えました。
こういう町で生活をしていきたいとは一年前、大学に入学したての私は微塵も思いませんでした。
ただ、このような形で女川に関わり、ずっと住んでいきたいと思っています。
人の世間というのは狭いもので、ただHLABに関わっているだけではここまでの活動はしていなかったと思います。
その中でいろんな出会いがあり、話したり、関わったりすることで、今後藤さんと出会えました。
私はこの出会いがまだ18年(もうすぐ19年)しか生きていませんが、大きな出会いです。
私の価値観や想い、やりたいことというものを見るきっかけとなった方です。
そのような環境が生まれるまち、それが女川町だと思います。
という言語化できているかわからないですが三つ目の理由です。
いかがだったでしょうか、今読み返してもうまく言語化できていないと自分で思います。
ただ、文章を直さずここに投稿しようと、思いました。
なぜならここで言語化できていなかったり、想いをまっすぐかけていなかったりすること自体が過程だと感じているからです。
あとで見返したときに、自分の変化を感じるためにも、今の状況を伝えるためにもこのまま投稿をさせてください。
本日のいろかわの日常はイレギュラーな形となりましたが、定期的にこのような投稿をしていくのは意味があるなと感じました。
まだまだインターンやお試し移住が続きますが、いろんなものを吸収していきたいと感じております。
これからもよろしくお願いします。
それではみなさま、まだ寝ませんがおやすみなさい。
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