女川で生み出す

海外からやってきた研修生たち

2018年2月21日
約 1 分

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お試し移住者のパルコキノシタです。前回お伝えした

笹かまぼこの工場で笹かまぼこを上手に焼いた話のそのあとの話を書こうとおもいました。

宮城県にとって笹かまぼことは間違いなく「ソウルフード」で宮城の郷土が育んだ食べ物です

その工場をよく見たいと東京から来た友人が言うので、笹かまぼこを食べたあとで工場を見学しました。

 

静かでした

もう午後3時は過ぎていて夕方が近い時間帯だったから当然と言えば当然ですが

どちらかと言えば片付けをしているような時間帯でした。

でもその時、廊下から賑やかな明るい声がしてきました、

どうやら工場の従業員の人のようです。「こんにちわ」と僕たちに挨拶をしてくれましたが

そのアクセントで彼女達が日本人では無いことにすぐ気がつきました。

例えば僕が、30年住んだ東京を離れ女川に移住していることについても

なぜそのような場所に一人で住むのか、というような質問をされたことはありますから

僕は彼女達がどこの人で何ゆえにこの女川で笹かまぼこを作っているのか

興味が湧いたので聞いてみました。

実は! このかまぼこの高政さんは海外事業に長年取り組んでいて

ミャンマーに工場があるのだそうで、どうやらそこからの研修生のみなさんのようでした。

とても元気がよくて、ボクらにフレンドリーに挨拶をしてくれた彼女達は

日本で言うと女子大生くらいに見えました。20代前半でしょうか、

直接聞く勇気なかったので、あくまで所見としてですが、

この女川は津波のあと、どうしてもやむなく故郷を去る人も多い中

海外からやってきて産業を支えていてくれる外国の女の子たちがいる

それってすごくありませんか

彼女達のことを僕は英雄だと思いました。

もしも宮城から笹かまぼこが消えたらなんて想像できない

ましてやこの女川から笹かまぼこが消えるなどありえない。

ずっと昔からあるソウルフードを作る工場

それを支えてくれる海外からの若者たちの存在を知る事ができて

本当に来てよかったと思いました。

記念に、僕の顔ハメをどうぞ。

この「がんばっぺ女川!」「負げねーど宮城!」「おだつなよ津波!」は

震災直後からのスローガンで僕もステッカー的なものを持っているのですが

女川は負けないと思います。

 

一応高政さんのリンクもはっておきます

 

http://www.takamasa.net/company/business/overseas_markets.html

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