奥州湯けむり紀行

奥州湯けむり紀行

昨日は「奥の細道湯けむりライン」に乗って鳴子温泉まで行ってきました。今回のブログは時系列で書いていきます。

朝の時間を利用して1時間半だけ石巻を訪れました。

こちらは3年前に女川に来たときには訪れていなかったので、実に5年ぶりです。あの時と同じく日和山に登って、同じように北上川と門脇小跡のある漁港エリアを眺めていると、石巻でも着実に進んでいるまちづくりの息吹を実感します。かつて靴や茶椀などの日用品がまだ転がっていたエリアは更地に整備され、数年後には国立公園として生まれ変わるそうです。このような形で生まれ変わることは非常に嬉しく思う反面、完成後の女川観光への影響を考えると複雑でもあります。規模の差はあれ、二つの震災メモリアル公園が、共存できる形で、それぞれに足を運べるような仕組みづくりができるといいなと思います。

 

その後は「石巻市復興まちづくり情報交流館」を訪れて、スタッフさんから丁寧に石巻市の被災情報とまちづくりの概要についてお話をうかがうことができました。やはり女川とは自治体の規模が違う分、復旧と復興のバランスもだいぶ異なっていて、どちらが正解というのはないですが、「構造改革による復興」という側面よりも「調整を通したパレート最適の追求による復興」に大きなエネルギーが割かれているのだろうなということが、石巻の復興グランドデザインを聞いてみて感じるところでした。

 

駆け足で石巻を巡った後は、湯けむりラインで鳴子温泉へ。3時間は長い・・

ですが、まとまった時間を使って本を読むというのは日常だとなかなかできない(やろうとしない)ので、こうした電車での移動時間も旅の楽しみであります。今回読んだのは、ちくま新書から最近発売になった『平成史講義』(吉見俊哉編)です。各論を集めた形で、ある程度学術的なアプローチから平成を総括しているのですが(平成史を学術的に論じることには若干の無理があるものの)、やはり「戦後モデルの崩壊」→「新たなアプローチの模索」→「モデル転換に伴う弊害の露見」という流れは、程度の差こそあれ、政治経済のみならず教育やメディアを含めて共通しているように思われます。昭和にしろ、平成にしろ、時代の転換突入点には国際的なシステムと同様にこれまで支えていた社会モデルの崩壊に適応できず、国家の方向性を見誤ってきた日本の歴史を踏まえて、次の元号の入口へと向き合っていく必要があるのでしょう。

 

またまた脱線しました・・・

湯けむりラインの線路のようにきれいに一本道とはいかないようです・・

はい、湯けむりですよね・

 

鳴子温泉の中でも、湯治の効能が高いとされている「滝の湯」と「東多賀の湯」に行ってきました。白湯やシャワーすらなく、本格的な温泉1つ。だからこそ本当に気持ちよくリフレッシュできます。泉質がかなりよいので湯治場として使われているのも納得できます。

 

一人で温泉旅をする際には、いつも心を「無」にして一切の心に浮かぶとりとめのないことを遮断するように心掛けます。そうすることで、心もふっと軽くなって自然と日常の中で埋もれていた大局的視点を見つめ直すことができるからです。鳴子温泉はそのような目的にぴったりの温泉で、まさに「みちのくの秘湯で徒然なるままに」という感じです。風呂上がりのビールがまた格別ですね。

また、鳴子はこけしが有名です。温泉街から離れて鳴子峡の入口までを歩いていくと、まさに「道の奥」(みちのく)という言葉の意味を実感します。もともとは「東山道の奥にある地域」ということで東北地方の別名である「みちのく」や「奥州」と呼ばれるようになったといわれているのですが、鳴子周辺はまさにそのような雰囲気を肌で感じられるような場所でした。女川や石巻とはまた違った宮城県の魅力ある地のひとつなので是非訪れてみてください。

 

一方で、話をしてみると、職人技が必要とされる鳴子こけしの担い手不足や、震災後の宮城県内からの観光客の落ち込みは鳴子にとっても不安要素だそうです。実際に、歩いていても街の担い手はほとんど高齢者であったことから、女川以上に高齢化の深刻さを感じます。温泉という主要産業を持っていることは、経済的に非常に大きな強みではあるものの、リスクが大きいアキレス腱のようなものであり、必要な改革もその分だけ難しいといえます。かつての熱海もまさにそのようなジレンマに悩まされていました。今後鳴子がどのようになっていくかも楽しみです。もちろん、また温泉に入りに来ることも。

 

3時間半かけて女川に戻ったあとは「夢を語れ」でラーメンを頂きました。「夢食券」という発想には心底素敵だなと思いました。女川において同店オーナーの山崎さんがもたらしている「風」はものすごく大きいように思えます。

 

自分自身でいうと、これまでの(そしてこれからの)人生の中で、「夢」という言葉はあまり使わず、「意志」という言葉との近似として「夢」という言葉を捉えてきました。「意志あるところに道はある」というのが私の座右の銘としているなのですが、言い換えると「夢あるところに道はある」ということなのかもしれませんね。

投稿者プロフィール

Shion Ohno
Shion Ohno
はじめまして!大野志温(おおのしおん)です。
東京都出身24歳。東京大学公共政策大学院修了後、都内で働いております。
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